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札幌地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決

原告 天谷タツ

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)について昭和二十五年四月十九日付北海道公報第五千百六十八号北海道告示第二百七十四号により買収令書の交付に代える公告をもつてした未墾地買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、

被告指定代理人らおよび訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

本件土地は原告の所有地であるところ、新十津川村農地委員会は、昭和二十五年一月三十一日本件土地につき、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三十条第三十八条の規定により未墾地買収計画をたてた。原告はこれに対し法定の期間内に同農地委員会に異議を申し立てたが、同年二月二十五日に棄却されたので更に法定期間内である同年三月一日に北海道農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会は同年八月一日右訴願を棄却する旨の裁決をし同月末原告はその裁決書謄本の交付を受けた。ところが被告は右裁決前である同年四月十九日北海道公報第五千百六十八号北海道告示第二百七十四号をもつて買収令書の交付に代える公告をして本件土地の買収処分をした。従つて、右買収処分は、訴願の裁決を待たずしてされたのであるから、自創法による買収手続上重大かつ明白なかしのある処分として当然無効である。

(答弁)

一、原告主張事実中、本件土地が原告の所有地であつたこと、原告主張の日新十津川村農地委員会が本件土地につき自創法第三十条、第三十八条の規定により買収計画をたてたこと、原告主張の日北海道農地委員会が、原告の昭和二十五年三月一日付の訴願の申立につき棄却の裁決をし、原告主張の頃、原告にその裁決書謄本を交付したことならびに原告主張の日被告が北海道公報第五千百六十八号北海道告示第二百七十四号をもつて原告主張の公告をしたことはいずれも認めるが、その余は争う。

二、本件買収計画に対しては、原告から適法な異議、訴願の申立はなかつた。すなわち、まず異議の申立についていえば、訴外天谷三郎が本件土地を自己の所有地と主張して本件買収計画が被買収者を誤つたものとして異議の申立をしたにすぎないのであつて、原告自身は何ら異議の申立をしていない。また訴願についていえば、原告は右異議を棄却する決定に対して訴願の申立をしたのであるが、自創法第三十八条第二項で準用する同法第七条第四項は、買収計画に対する異議申立人が訴願できる旨規定して訴願人の資格を限定しているのであるから、適法な異議の申立を経ない者は訴願を申し立てることができないと解すべきであつて、原告のした訴願の申立は違法、無効である。もつとも、北海道農地委員会は右訴願について裁決をしているが、裁決したからといつてそれによつて違法、無効な訴願の申立が遡つて当然に適法、有効にはならず、右裁決は、違法な訴願に対する裁決として違法、無効なものである。よつて、原告は本件買収計画がたてられたことを知りながらみずからこれに対する異議を申し立てることをせず、他人のした異議の申立に対して無効な訴願をして、これを前提として買収手続が違法である旨を主張するに帰し、原告の請求は理由がない。

(被告の答弁に対する原告の主張)

本件買収計画に対する異議は訴外天谷三郎が申し立てたものであることは認めるが、その余の被告の主張は争う。天谷三郎は原告の代理人として正当な代理権限に基き異議の申立をしたものである。

(原告の主張に対する被告の仮定的答弁)

一、訴外天谷三郎が原告の代理人として正当な代理権限に基いて異議を申し立てたことは否認する。異議の申立は同人が本件土地所有者本人として申し立てたものである。

二、仮りに異議の申立が原告の正当な代理人たる天谷三郎によつてされて適法であるから訴願の申立も適法であり、したがつて本件訴願裁決が適法、有効なものであつて、買収令書の交付に代わる公告は訴願裁決前にされたという手続上のかしがあるものとしても、その後訴願を棄却する旨の裁決がされたのであり、このことは本件買収計画を維持するという国家の意思を確定したのであるから、これにより本件買収処分の手続上のかしは治癒されたのであつて、これを無効として論ずるに値しない。

(被告の仮定的答弁に対する原告の主張)

買収計画を維持する訴願裁決があつてもそれによつて訴願裁決前に買収令書の交付に代わる公告をしたという買収処分のかしは治癒されることはない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本件土地が原告の所有地であつたこと、新十津川村農地委員会が昭和二十五年一月三十一日本件土地につき自創法第三十条、第三十八条の規定により未墾地買収計画をたてたこと、右買収計画に対して訴外天谷三郎が法定期間内に異議を申し立てたこと、異議棄却の決定に対し更に原告が原告名義で北海道農地委員会に対し訴願の申立をしたこと、被告が右訴願の裁決に先き立ち同年四月十九日北海道公報第五千百六十八号北海道告示第二百七十四号をもつて買収令書の交付に代える公告をして買収処分をしたこと、その後同年八月一日道農地委員会が訴願棄却の裁決をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は右買収令書の交付に代える公告が訴願裁決前にされた違法のものであるから、本件買収処分は無効であると主張するのでその当否を判断する。

(一)  前叙のように本件買収計画は未墾地買収計画であるところ、自創法第三十一条第五項および同法第三十四条第一項の規定によつてそれぞれ準用される同法第八条および第九条の規定によれば、自創法による未墾地の買収は未墾地買収計画につき異議の申立がないとき、もし異議の申立があつたときはこれに対する決定がされ、しかして右決定に対する訴願の提起がなかつたとき、またはこれに対する訴願の提起があつたときはこれに対する裁決があつた後、都道府県知事の認可(買収対象地の面積が主務大臣の定める面積を超えないときは都道府県農地委員会の承認。)を経たうえで買収処分をするべきことが明らかであるから、訴願裁決前に買収処分をすることは右手続規定に違反して違法である。しかしその違法をいうためには、その訴願の提起が適法なものでなくてはならないこともまた当然である。

(二)  ところで、自創法第三十一条第五項の規定によつて準用される同法第七条の規定は、市町村農地委員会が定めた未墾地買収計画について異議のある当該土地所有者は、市町村農地委員会に対して異議を申し立てることができ、市町村農地委員会が異議の申立に対してした決定に対して不服のある申立人は都道府県農地委員会に対して訴願することができると定めており、かつ、異議申立をしないで直接に都道府県農地委員会に対して訴願することを認めた規定はない。したがつて、都道府県農地委員会に対する訴願は、当該市町村農地委員会に対する異議の申立があり、これに対する決定があつたことを前提とするものと解するのを相当とする。したがつて異議の手続を経ないでされた訴願は不適法なものであるといわなくてはならない。

これを本件の場合についてみると、原告は、本件買収計画に対しては訴外天谷三郎が原告の代理人として正当な代理権限に基いて新十津川村農地委員会に対して異議を申し立てたと主張するところ、成立に争いのない乙第一号証と証人天谷三郎の証言を総合すれば、本件土地は登記簿上は原告の所有地であつたが、昭和十七年頃、老年の原告の夫が病気で回復の見込みもないとて義弟である訴外天谷三郎に対し、「自分らには子もないので本件土地をお前にやるから、自分の死後婆(原告)をよろしく頼む。」旨託するとともに本件土地の権利証を同訴外人に手渡したので、同訴外人としては本件買収計画樹立当時において本件土地はもはや自分の所有地であるとの気持をもつていたから、本件買収計画に対しても自分の所有地であるとの趣旨で天谷三郎名義で異議の申立をしたことが認められる。同証人の証言中同訴外人が自分名義で異議を申し立てたが、これは異議の申立に当り原告から依頼されて原告を代理したものであつて、原告の異議申立である旨の供述部分は弁論の全趣旨に照らし措信することができない。もつとも成立に争いのない甲第三号証の二には原告の主張にそうような記載部分があるけれども、右の認定を覆えすにはとうてい足りない。その他右認定を覆えし、同訴外人が原告のために、原告に代つて異議を申し立てた事実を認定するに十分な証拠はない。それであるから、結局、原告は新十津川村農地委員会がたてた本件買収計画に対しては異議の申立をしなかつたものといわざるを得ない。

そうであつてみれば、原告のした道農地委員会に対する訴願の申立は村農地委員会に対する異議の手続を経ることなくしてされたものであつて、原告の提起した訴願は前説示のとおり不適法である。

(三)  およそ行政処分の効力はその処分時の法律状態を基準としてこれを論ずるべきものと解せられるところ、本件買収処分についてみると、その処分時においては異議の申立がなくして不適法な訴願が提起されていたに止まるのであるから、買収計画は異議申立期間の経過(成立に争いのない甲第一号証の一によれば昭和二十五年二月二十日の満了。)とともに既に確定していたものというべく、右確定した買収計画に基く本件買収処分はたとえ形式的には訴願の提起後、裁決前になされたものであつても、これを違法の処分ということはできず、適法有効なものと解すべきである。

(四)  もつとも、異議手続を経ない不適法な訴願に対し、訴願裁決庁が当該訴願を不適法として却下することなく、これを受理し、実体について審埋をして訴願棄却の裁決をした場合には、右異議手続を経なかつたというかしは治癒されると解すべきことは判例の示すところであるけれども、このことは違法な行政処分の取消を求める抗告訴訟の場合において特例法第二条に規定するいわゆる訴願前置の要件を充足すると解することができるだけであつて、一旦適法有効に成立した買収処分の効力に何ら影響を及ぼさないと解するのを相当とする。成立に争いのない甲第三号証の二によれば、道農地委員会は原告の提起した訴願を不適法として却下することなく、これを受理し、実体について審理を遂げて棄却の裁決を与えていることが認められるけれども、右説示の理由によつて本件買収処分はそのためその効力を何ら左右されない。

三、よつて、原告の請求はひつきよう理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正 吉田良正 秋吉稔弘)

(目録省略)

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